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東京高等裁判所 昭和30年(ラ)151号 決定

再抗告人 日興産業株式会社 代表取締役 石井民雄

主文

原決定を取消す。

本件を東京地方裁判所え差戻す。

理由

再抗告人は「原決定を取消す。更に相当な裁判」を求める旨申立て、その理由として別紙抗告理由書及びその追加理由書記載のとおり主張した。

抗告理由書記載の理由及びその追加理由書記載の理由に対する判断。

民事訴訟法にいう移送とは、裁判所に係属している訴訟事件を他の管轄裁判所に送ることで、民事調停法にいう移送とは、裁判所に係属している調停事件を他の管轄裁判所に送ることで共に移送によつて従前の裁判所にはその事件は係属しないことになるのであるから、受訴裁判所がその事件について他の裁判所の調停に付する旨の決定は、その事件が従前の裁判所にいぜんとして係属しているのであるから、上記の移送とは異る点はあるが、従前の裁判所と異る裁判所で調停を受けるという点は移送と同じ性質を有しているから、移送に準じて取扱うを相当とする点が存する。しかして民事訴訟法による移送決定に対しては同法第三三条により、民事調停法による移送決定に対しては同法第四条、民事調停規則第四条によつて、共に当事者は即時抗告をなし得るのであるから、受訴裁判所が事件を他の裁判所の調停に付した場合のみ、なんら不服の申立を許さないというのはまことにその権衡を失することになる。又受訴裁判所が事件を調停に付した場合でも、民事調停法には明文を設けてはいないが、同法第二〇条第一項本文又は但し書の規定に反して調停を付したのに、当事者になんら不服の申立を許さないというのは、当事者の権利を不当に侵害することになる。従つて、受訴裁判所の事件を他の裁判所の調停に付する旨の決定に対しては、当事者は民事調停法第二十二条、非訟事件手続法第二十条によつて抗告を為し得るものと解するを相当とする。故に、これと全く相反する見解に立つて再抗告人の抗告を却下した原決定は失当であり、再抗告は理由があるから原決定を取消し、民事訴訟法第四一四条、第四〇七条第一項により本件を東京地方裁判所え差戻し、主文のように決定する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

抗告理由

第一点原決定は被告住所地を管轄する裁判所の調停に付するとの裁判は移送の意味を包含するものでないから当事者の同意を得る必要はないと云つて居る。之れは(ハ)の事件の最終口頭弁論の法廷に於て裁判官が云つた事実と相違する。裁判官は明白に「被告住所地の裁判所に「移送して」調停せしめる」と宣言して居る此事実を明らかにするため当抗告審に於て口頭弁論を開き当時立会した書記官の証言を求めたいと思う。(右(ハ)の事件の口頭弁論調書に如何に記載されて居るかは知らない)仮りに移送するとは云はず被告住所地を管轄する裁判所に「調停せしめる」と云つた丈けであるとしても事件を移送せずしてどうして調停せしめることが出来るのか移送せずして事件を調停に付することは全く不可能のことである。新規に被告住所地の裁判所に調停申立をせぬ限り事件を移送する外はない即ち被告住所地の管轄裁判所の調停に付することと事件を移送することとは不可分である。即ち被告住所地の所管裁判所の調停に付すると云うことは移送することを包含する。東京中野簡易裁判所から右(ハ)の事件の移送を受けて居るのであるから之れを他の裁判所に再移送することは訴訟手続でないにしても許されない筈である之れは事件の迅速完結が民事訴訟法の根本精神であるからである。之れと共に訴訟に於て立証を完了した事件は当事者の同意なくして調停に付することが出来ないと云う民事調停法の規定も同様に事件を迅速に完結せしめるとの法の精神に基くものである。之れに反する観念を以て「調停に付する」との裁判はしたが移送するとは裁判して居ないと云う如きは全く吾人の経験則に反する判断である即ち移送なくして被告住所地に於ける調停はあり得ないとの経験に基く観念に反する。経験則に反する判断は違法である。

第二点右の(ハ)の事件は既に弁論も終り立証も終了したのであるから当事者の同意を得るのでなければ調停に付することは出来ない。前叙の如く移送すると裁判したものでなく仮りに「調停に付する」とのみ裁判したものであるとしても当事者の承認なくして調停に付することは出来ない当事者の承認を得ずして裁判官の専断を以て調停に付した事自体が民事調停法に違反する裁判である。原告たる抗告人が裁判官が「移送して調停に付する」と法廷に宣言すると同時に調停不同意の旨を述べ且つ直ちに書面により意思表示を明確にしたのである。即ち調停に付することも移送することも両者共に不適法である即ち適用すべき法律を適用せず適用すべからざる法則を不当に適用せる違法がある。

第三点非訟事件手続法第二十条は民事調停法第二十二条の規定があつても適用されないと云つて居るが何を根拠に然ることが云えるのか明確でない適用されないとの理由が少しも開示されて居ないから少しも判らない。抗告人の主張を排斥するには法律上の根拠を明示して貰はねば困るのであるが理由が不明であるから只呆然たるのみである。法文非訟事件手続法を読めば特別の規定が別存せぬ限り不利益なる決定に対し総て抗告し得ると解される。民事調停法第二十二条にも非訟事件手続法を準用する旨が規定されて居るのであるから抗告提起は何等の違法はないと解される。裁判に理由を明示せざる違法民事調停法非訟事件手続法の解釈を誤れる違法がある。総じて原決定は適用すべき筈の法律を適用せず適用すべからざる法律を適用して居る。

追加理由 当事者の主張立証が終了した後は当事者の同意なくして調停に付することも調停のために移送することも出来ないこと抗告人の主張を排斥するのに其理由が明確にさなて居ないこと(非訟事件手続法第二十条は民事調停法第二十二条が存しても適用されないと裁判して居る点)即ち理由不備等の法令違背の点及法律の解釈及其適用を誤れる違法の点は前提出(昭和二十九年十二月十五日附)の理由書に於て述べた通りであるが更らに次の法令違背の点を指摘したい。

(一) 民事調停法第四条の移送の決定に対しては即時抗告が出来る旨は最高裁判所規則第八号の民事調停規則第四条に明瞭に規定されて居て原審裁判は此規定にも違背する。

(二) 争点及立証が整理された後に於ては当事者の同意なくして調停に付することが出来ないことは右最高裁判所民事調停規則第五条にも規定されて居るから此点も明らかに法令に違背する。

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